からだ

2009年10月のある日の朝まだき、僕は一睡もしないままソファに身体を横たえていた。断食に合わせて煙草を二週間吸っていなかったから、その離脱症状から慢性的な不眠に陥っていたのだ。

窓の外の味気のない街灯の光が漆黒の闇とともにカーテンの隙間からそのぼやけた色を忍び込ませていた。      

                                                                 メロディ

そんなとき、ふと、ずいぶん昔に書いた曲の旋律が耳の奥から響いてきた。

聞こえてくるサウンドはしっかりとした輪郭を持っていたのだけれど、未完成だった。

その未完成さは僕の心を不安定にさせた。何とも言えない哀しさが僕の心のドアをたたき、静かに揺さぶった。

そして、ふと僕は気がついた。

                              春霧

いま僕は「 SPRING MIST」に包まれていると。

季節はまだ秋だったのだけれど、全身の皮膚の周りを細かい春霧が覆い、頭の芯ははっきりと覚醒していながら、ぼんやりとした独特の空気の中を漂っていた。

                                          トランス

そんな感覚は久しぶりだった。軽い変性意識状態に陥り、感覚は研澄まされ、気持ちは地中にしっかりと根を下ろした樹木のように落ち着いていた。創作意欲が押さえられないほどに溢れ出し、僕は、その時期が訪れたことを悟った。


次の日、僕はこれまでに持ち合わせていたマテリアルのリストを作り、曲作りに取りかかった。自然と1日に一曲を仕上げる、というペースが出来上がった。それから、16日間、僕は

                                                                 メロディ

休みなしに曲を仕上げ続けた。毎日、旋律を書き続け、詩を紡ぎ続けた。最小限の食事と買物、それ以外はほとんど何もしなかった。世の中で何がおころうと、他人が何をしていようと、僕にはどうでもいい事だった。

アイデアが滞る、という事は一度もなかった。何度か、ベッドに寝転んだ程度だ。そうすると、次にやるべき事をすぐに思いついた。

結局、僕は18曲を書き上げ、そこから選びとられた曲を集めたのがこの 「SPRING MIST」というアルバムである。

                    春雨道中

かつて 「I’m gonna spring rain」というミニ・アルバムを作ったとき、僕はある雑誌に

これが僕らの現時点でのベストである、と語った。

また言おう、「SPRING MIST」、これが僕の現時点でのベストである、と。



                              2010年3月 田中拡邦