2010年4月、3rd アルバム「SPRING MIST」をリリースした後も、僕は曲作りを止めなかった。

これまでは、アルバムを発売した後というのは、なんだか気が抜けたような気がして、暫くの間、

仕事が手につかなかった。メジャーのレコード会社にいて、リリースの後はライヴや取材、

ラジオ出演など忙しく動いていた、ということもあると思う。

そのような20代の日々は終わり、今は、ほぼ好きなように、好きなときに、好きなだけ、音楽と

向かい合う事が出来る環境にいる。

それが、実際につくり出す音楽にどのような影響を及ぼすのか、は分からない。大抵の物事が

そうであるように、利点・欠点の両方を併せ持っているに違いない。だが少なくとも、僕は今、

これまでの音楽人生の中で最も短い間隔でフル・アルバムをリリースすることに成功した。

仕上げた曲20曲以上から、よりクオリティの高いと思われるものにするため、11曲に絞る、

という余裕を持った制作も、これまでには一度もなし得なかったことだ。


今作「LIVING」では、「SPRING MIST」と違って、大半の曲に於いてリズム・セクション

(ドラムス、ベース・ギター、ギター)は同時に録音する方法をとっている。その事によって、

サウンド全体の空気感、一体感、自由さは増し、ベース・ギターを自分以外のミュージシャンが

担当する事によって、新しい解釈が生まれ、より広がりのあるアンサンブルになっているように

思う。こういった方法をとったのは、前作に比べ、書き上げた楽曲の持つ普遍性が増していた

事から、自分だけの世界観に留めておきたくなかったからだ。僕はミュージシャンたちに声を

かけ、入念にリハーサルをし、ヴィンテージ・マイク等、機材を豊富に揃えたレコーディング・

スタジオを数日間ロック・アウトして、エンジニアの小林裕人氏とともにレコーディングを進めて

行った。


ほとんどが、自宅のデスクトップ(あるいはノート・ブック!)コンピュータでサウンドを

こしらえてしまう現代にあって、この「LIVING」はかなり時代に逆行した制作過程を経たもの

であると言えるだろう。僕らは、広いスタジオで、さまざまな楽器の音色を一つ一つその生音を

耳で聴いて判断し、調節し、昔ながらの方法でマイクロフォンを立てて録音した。


その、細やかで繊細な作業が、一年かけて作り上げてきた楽曲たちがより親密に、そして豊かに

伝わる手助けをしてくれる事を作者は願ってやまない。

                              



                                                                                                                         2011年7月 田中拡邦