年明けに女性歌手のサポート・ギタリストとして、今回のエジプトへの渡航が決まってからというもの、僕はどこか、ずうっと落ち着かなかった(もちろん話をいただいたことは有難く思いながら)。ほとんど初めての海外旅行(高校の修学旅行でペキンには行った)だし、なにしろ行く場所が場所である。

昨今の中東・アフリカの政治情勢を見ていると、どうにも安心できない。テロやら紛争やらはあちこちで起こっているし、飛行機だって地球の反対側まで10,000キロメートルも飛んでいくわけだから、落っこちる確率も航続距離の短い国内便に比べてずっと大きくなるはずである(何十倍か知らないけれど、可能性は増えるに違いないだろう)。そんな慢性的な不安を抱えながら有楽町の旅券窓口で長蛇の列に並んで、5年パスポートを取得し、日本での渡航前後の仕事のスケジュールを整え、2月9日、ギターとリュックを持ち、キャリー・ケースを引いて成田空港に向かった。

                                                                                     

                              ☞


そもそも正直に言うと、僕は旅行というものがあまり好きではない。あれやこれやと持ち物を忘れないように準備しなくてはならないし、出かけるまでいろんな物事の整理もしなければならない。

それに第一、僕はまず長距離の移動というのが大の苦手である。新幹線や旅客機は大体が狭いものだし、空気の悪い密室空間に閉じ込められて何時間も居心地の悪い座席にじっとしているなんて、ちょっと僕には耐え難いのだ。煙草だって吸えない。

しかし、世の中の多くの人々は、旅行が大好きなようだ。やれハワイだ、グアムだ、プーケットだ、ヨーロッパだと、気ままに楽しんでいらっしゃるように見える。僕は普段、自分の感覚は大多数の人々とそう違わないだろう、と思って生きている人間だけれど、これに関して僕は少数派と言わざるを得ないようだ。


それにもうひとつ、旅行にあまり関心が持てない理由がある。

僕はミュージシャンであるから、デビューの前後の時期から日本中のいろんなところを旅した。CDのリリースに合わせてプロモーションで全国のラジオ局を回ったり、地方の雑誌の取材を受けたりした。宣伝期間が終わると、今度はライヴでたくさんの場所で演奏した。北は帯広・札幌から、南は種子島・沖縄まで主要な観光地と言われるところは大抵観てきたように思う。

そこには綺麗な景色や建築があり、スケールの大きな自然もあった。美しい花畑がどこまでも広がっていたし、四季折々の美味しい食事やお酒もあった。こんな風に各地を旅していろんなものを観て様々な料理を口にできることを幸運だという風に思えるような気がしたこともある。

それでも、僕にとってそれらはどこかで以前、一度目にしたことのある風景だった。テレビ放送や映画、美容室に置いてある雑誌やなんかで。そして実際その場所に足を運んでみると、それらは特にロマンティックではなく、どこかしら妙に(少しおかしな言い方だけれど)現実的に過ぎるように見えた。感動するというよりも、なぜだかがっかりしたという気持ちの方が大きかった。

そんなことを経験してのち、僕はこう思うようになっていった。


一片の写真から広がった頭の中にある想像を超える美しい景色など、存在しないのだと。

一部しか観ることが出来ないからこそ、それは上限のない美しさを保てるのだと_______。


もしかしたら、この世界のどこかに(僕なんてほとんど日本を出ていない、外国を全く知らない人間なのだから)、開いた口が塞がらないほど心動かされる ”most beautiful sight” が存在しているのかもしれない。もうしそうだとしたら、そこへ行ってみたい。そうすれば、僕はこれまでの考えを即座に捨てて、時間を確保し、旅費を貯め、「旅行」に人生を費やし始めるだろう。

                                                                 

                              ☞


そんなことを考えながら、成田から轟音とともに離陸していくジェットの中で僕はゆっくりと瞳を閉じた。やがて、不安定な機体の振動に揺られて、知らず知らず細切れの眠りに落ちていった。

2017/2/18

「カイロへの旅#1」