成田発~アブダビ行きの搭乗機は、僕の不安(僕は航空機に乗っている間ずっと、その機が墜落するかもしれないという想像を拭い去る事ができない)をよそにその航路を順調に西へと進めていた。


頭がぼんやりしている、その程度から、長い間眠っていたことが推測された。

窓の外は明るく、太陽の光が差し込んでいた。時差の関係で時間のことはとっくに考えないようにしていたが、とにかく夜が明けた、という感じがした。

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ぼやけた意識を現実に引き戻している間に、朝食の時間がやってきた。                、、、

メニューはチキン・グラタンのようなものと、ブレッド。今回も比較的きちんとしたものだった。食事がまともだったのは今回の旅で予想に反して、良かったことの一つである。

朝食後のコーヒーを飲み終えてしばらくすると、まもなくアブダビに到着するという機内放送が入った。アナウンスは英語、アラビア語、中国語、日本語やら、幾つもの言語で放送される。放送によれば、キャビン・アテンダント全員で10ヶ国語ほどの言語に対応できるそうである。

さて、目的地到着ではないが、何はともあれアブダビでのトランジット(乗換え)で、この忌まわしい窮屈な座席を離れて解放される。やっと足を伸ばし、自由に歩く事ができるのだ。

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しかしそれは、正直に言って、うれしいという感覚よりも、これだけ我慢したんだからもういい加減いいだろうよ、という心持ちの方が近い。仕事で呼ばれてチケットを手配していただいておいて申し訳ないけれども、十数時間もずっと同じ座席に同じ姿勢で座っていると、どうしてもそんな気持ちになる。

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アブダビ空港に降り立つと、すぐに気がつくのは、空港内の建築物や物資輸送のトラック、乗客輸送のバスなど、あらゆるものが綺麗で新しく、モダンであるという事だろう。それもそのはず、首都をアブダビとするアラブ首長国連邦は世界トップクラスの国民所得(国民一人当たり)の国なのだ。要するに、石油をたくさん持っていて、それを主に日本に売って、金があるのである。空港内から窓の外を見渡すと、まさに”ミッション・インポッシブル”の「ゴースト・プロトコル」の世界である(あの映画の撮影地は同国内の都市、ドバイ)。


洒落たスロープを移動し、”Moving walk” を歩いていると、空港内は様々な人種のたくさんの人々で溢れかえっていた。ここアブダビは、諸外国から中東・アフリカの国々への重要なジャンクション、というわけなのだろう。とにかくやたらと人が多い。

通路の両脇には日本の空港と同じように、水や食料品を売っている売店が数十メートルおきに設置されているのだけれど、

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値段を見てびっくり、ただの普通のクロワッサンがひとつで12ディルハム(AED、¥400ほど)もする。なんでも日本の物価の2~3倍という事である。お金持ちの国であるのはいいけれど、これはいくら何でも高すぎる。旅行中とはいえ、まったく買う気になれない。

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しばらく歩いていると、吹き抜けのラウンド・アバウト(環状交差点)に出たので、ぐるりと回りを見渡すと、2階の奥に “Smoking room” を見つけた(一階の周りにはduty free shop が並んでいて、ブランド物の香水やなんかを売っている)。これでやっと煙草が吸えるのだ。エジプト行きの便が出るまで5時間近くあるので、とりあえずそこに行く事にする。

喫煙所といっても、バーのひと部屋(二十畳ほど)をまるまる解放してあり、テーブル席やソファがあり、隣室のバー・カウンターで飲み物や食事を買う事ができるようになっている。どうやら煙草が吸える場所はここしかないらしく、アラブ人、ヨーロッパ人、アメリカ人、東洋人と、ここもまた「人種のるつぼ」と化した状態になっている。


吹き抜け側の窓のそばの席に腰掛けて煙草を吸いながら、僕はあらゆる人種の人々がラウンド・アバウトを行き来するのをぼおっと見下ろし、眺めていた。まだ目的地、カイロではないとはいえ、ここはもう日本を遠く離れた中東なのだ。そう考えると、実に不思議な気がした。

ずいぶん昔、高校の頃、レコード会社の人に東京に呼ばれてデモ・レコーディングをした時(ちょうどその日は大学のセンター試験の日だった)、自分たちのバンドが、バンドのために飛行機を使うようになった事を感慨深く思ったものだったが、その頃の僕に将来、音楽の仕事で遥か中東まで旅をするなどとは想像もできなかったに違いない。


そんなことを思いながら、3本アメリカン・スピリットを根元まで吸い終えると、急激な眠気がやってきた。僕はジーンズに繋いだウォレットのチェーンを確認し、リュックのショルダー・ストラップに腕を通して、そのまま眠った。一人で眠る事が危険な気がしないでもなかったが、人が大勢いるから大丈夫だろうと考えた。それ以前にその眠気は、そんなことはもうどうでもいいさ、と思わせるに十分なものだった。

結局、僕は目を覚まして、カイロ行きの便の搭乗口へと向かうまでの約4時間のほとんどを、その喫煙室で寝て過ごした。それほど疲れ切っていたのだった。


さて、あと4時間ほどのフライトで、ようやくカイロだ。

2017/3/20

「カイロへの旅#3」