機体は断続的に揺れ、そして苛立ちのような振動が座席を伝わって体を震わせる。

気圧の変化と、航空機特有の高周波のノイズのせいで、かすかな耳鳴りのようなものが耳の奥で響いていた。


僕はふと目を覚まし、こわばった体を座席にもたれ直しながら顔を上げると、最初の機内食サーヴィスが始まっていた。

時間は成田を離陸してから数時間といったところだったが、正確な時間はわからない。東京から西へとどんどん移動しているわけだから(時間を遡っている)、どこを基準にするかで現在時刻は変わるはずである。前の座席の背面に取り付けられた液晶

モニターには飛行中の位置を示す世界地図が表示されていたが、極力見ないようにしていた。見たところでトランジット(乗換え)のアブダビ(アラブ首長国連邦)まで15時間もかかるわけだから、うんざりするだけである。まだまだ目的地は恐ろしく遠い。


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航空会社はエティハド航空という会社で、いかにもアラブ風な名前だからアラブ人の客室乗務員かと思ったが、そのほとんどは白人女性たちだった。東洋人とアラブ人ばかりの客席にいると、彼女たちの白い肌はひどく目立って見えた。

前部の席、あるいは後部の席からカートを引いて一人ずつ順に食事をサーヴしている彼女たちを見ていると、ふと同情心のようなものが湧いてきた。「いったい私はなぜ故郷の家族や彼氏の元を遠く離れて、東洋人やらアラブ人を相手に毎日15時間も搭乗しているのだろう」と思わないのだろうかと。英語をうまく聞き取ることができずに、何度も聞き返してくる日本人にうんざりしないのだろうかと。そう思うと、なんだか気の毒のような気がしてきたのである。

しかし、そんなものは僕の余計な心配と見当違いな想像で、実は「日本の男性ってキュートね」と思って仕事をエンジョイしているのかもしれないし、あるいは、東京やアブダビにトム・クルーズみたいなハンサムな彼氏を2、3人くらい持っているのかもしれない。

彼女たちの作り笑顔を見ているだけでは、もちろん、その辺りの事情まではわからなかった。


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さて、僕にとって人生で初めての機内食である。メニューは洋食と和食から選ぶことができて、洋食はペンネ・パスタ、和食は寿司である。酢飯にはグルタミン酸ナトリウム(化学調味料)が添加されているだろうと踏んだ僕は、洋食を選んだ。トマト・ソースのパスタに加えて、簡単なサラダ、ブレッド、フルーツが付いている。それに小さなパッケージ入りの海外製のバター。飲み物はミネラル・ウォーター(これも海外製)を頼んだ。見た目はちょっと気の利いた学校給食、といったところだったが、仕方がない。なんとなく僕は一つ小さなため息をついた。隣の席の人に気づかれないくらいの。

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しかし、味は意外にもまともだった。その見た目や現代の世の中のことを考えると、コンビニエンス・ストアの食品のようなものを想像していたのだが、それとは違い、きちんと調理されている、という感じのするものだった。ペンネは茹で過ぎて伸びきってはいないし、適切に温められていた。電子レンジで加熱された時の、容器の溶けだしたような独特の匂いもしなかったし、

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調味料はあくまで普通で、化学的な後味の悪さはなかった。よく言われているように、我々日本人は、世界において最も添加物の多いとされる日本国内の食品群に慣れすぎているのかもしれない。


食事を終えると、しばらく間をおいて、今度はお茶の時間である。僕はもちろんコーヒーをお願いした。ところが、これは現地エジプトでもそうだったのだけれど、「coffee」というのが意外に通じない。英語らしく「カフィ」と言ってみるのだけど、「tea??」と聞き返される。僕の発音が悪いのか、ヨーロッパ寄りの国では発音の傾向が違うのか知らないけれど、これには困った。何度か失敗した後、諦めて「こーひー」と言うと、すぐに通じた。まったく力が抜けてしまう。僕はこの旅2つ目の小さなため息をついた。もちろん誰にも聞こえないように。


コーヒーを飲み終えた頃に、容器が”VOGUE”のカヴァー・ガールのようなキャビン・アテンダントによって下げられ、彼女たちはどこかへ消えていった。たぶん時刻は東京を基準にすると深夜、機体はおそらく中国大陸のどこかだろう。


僕はふたたび目を閉じ、決して快適とは言えない眠りの闇に足を踏み入れていった。

2017/3/15

「カイロへの旅#2」